1 はじめに
「漢字訓練カード」を用いての、ことばのテーブルでの漢字学習の目的と意義、それから学習の進め方の一般的な例についてお話したいと思います。ご家庭での学習の一助として、以下の記述をご参考にしていただければ、幸いです。
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2 漢字学習の意義
漢字を学ぶことの第一の意義は、日本語を母語とする言語環境の中で、漢字で記載された単語や漢字かな混交文(漢字と仮名が混ざった文)の理解を得ることに他なりません。表音文字である仮名(ひらがな・カタカナ)の音読・読解が文字学習の基本であることは言うまでもありませんが、日常生活における有用性という観点から考えた場合、とくに情報の受信においては、漢字には仮名を凌ぐ力があります。人名や地名などの固有名詞や、さまざまな表示・標識などは多くの場合、漢字で記載されており、その意味内容を理解することができれば、社会生活上大きな能力になります。
また表意文字の特徴として、漢字には、その理解が瞬時にして得られるという利点があります。ひらがなで書かれたものは、少し長い単語になると読みにくかったり、読み間違えたりすることが、通常でも多くありますが、とくに文字学習に能力的な問題があるお子さんの場合、ひらがなの読み取りは容易なものではありません。拾い読み程度の能力だと、2〜3文字程度のかな単語しか意味理解を得られないことが多くありますし、時系列的にかな文字の音読→読解を達成して行くだけの注意の維持・集中が難しい場合もあります。この点、漢字は、もしそれが既得のものであるならば、見た瞬間に意味内容を把握することができます。初期(もしくは基礎)学習としての漢字は、そのような意味で
絵記号・マークの延長線上にあるものであり、今回の「漢字訓練カード」も、この初期段階の学習のための教材として製作したものです。そのため、解説でも記載したように、〇漢字の読み替え(意味・音韻の多様性 例:日→ニチ/ヒ/ビ/カ) 〇動詞・形容詞語での活用による音の変化(例:来→クル/コナイ/キタ) 〇送り仮名 は、学習の主要な対象とせず、あくまで「その漢字が意味する具体的内容の想起」を目的としています。
もうひとつの漢字学習の意義として、ことばのテーブルで重視しているものは、漢字と言う視覚記号の媒体を通して、音声言語(話し言葉)としては獲得が難しかった、抽象的な概念や固有名詞を学習できる可能性です。
例えば、「大きい小さい」などの形容詞の習得が、「大」「小」という漢字(視覚記号)を学ぶことにより、可能となるお子さんがいます。聴覚的な刺激の入力・処理に問題があり、また同時に視覚記号に対して高い関心・興味があるタイプのお子さんに、このような学習経過をみることがあります。あるお子さんは、「大」「小」などの形容詞や色名の理解が非常に困難でしたが、漢字の導入により、まず意味理解(読解)が可能となり、更にその漢字の音読(もしくは呼称)という回路を通して、最終的には音声言語での理解・表出が可能となりました。その後、徐々に表音文字(ひらがな)の習得も進んできていますが、語音認知や構音が不完全なため、まだ多くの訓練が必要な状況です。象形性の高い漢字は、その意味でも習得しやすく、比較的早期に(漢字を通して)抽象概念語を獲得できたことは、その効用について大きな示唆を与えるものでした。
このような訓練が、どのお子さんにも適合するわけではありませんが(例えば視覚認知に問題があるお子さんの場合、漢字の習得が非常に困難なことがあります)、概念形成や語彙学習としての漢字の意義は、大変大きいものがあると思います。
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3 訓練について
@漢字学習開始の条件 |
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漢字学習のスタートラインは、漢字の形態弁別ができているかどうかです。
山・川・魚・犬など形態の簡易な漢字を書いた紙を、二組ずつ用意して下さい。
山と山、川と川というように同じ漢字どうしをマッチングできれば、その意味はともかく漢字の文字としての区別はなされていると言うことになります。もし、マッチングが難しければ、まだ視覚的に形態の区別ができていないことになります。区別のつかない視覚記号(すなわち漢字)を意味と対応させていくことは困難なので、この場合は、まず文字形態弁別の訓練から行う必要があります。形態弁別がある程度可能になってから、意味との対応付けを行ってください。 |
A訓練の方法 |
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例として、ことばのテーブルでの、通常の方法を挙げます。
(1)漢字カードの表面の漢字と裏面のイラスト・読み仮名を交互に見せながら、意味を説明する。
(2)家で覚えてきてもらう。
(3)次の訓練の際、漢字の音読(呼称)、または数枚並べた漢字カードのポインティングを行い、習得の度合いを確認する。
以上の手続きを読まれてお感じになられたように、特殊な方法があるわけではありません。音声言語の発達状況やひらがなの習得の度合いなどにより、プリントなども併用して学習を進めています。 |
BB訓練の進め方 |
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★どのくらいの進度がよいか。
どの程度の量(枚数)を、一回の訓練の中で覚えてもらうか、という問題です。ことばのテーブルでは、週1回
訓練のお子さんには、だいたい3枚〜5枚(3語〜5語)程度を宿題にしています。そうすると、少ないお子さんで
一年間で140語くらい、多いお子さんで240語くらいを学習することになります。もっと多くても大丈夫、もっと少ないほうが良い、など個人差はあるとおもいますが、経験的にはあまりたくさん詰め込みすぎずに、少しずつ進めて行くのが効果的なようです。
★日常生活での学習
学習した漢字単語は、日常生活の中でできるだけ目に触れるような工夫を行うと、より良く定着させることができます。家の中の事物や場所に、漢字を配置したり(紙を貼っておく、など)、学習した漢字が含まれている看板や広告の表示に注意を向けさせる、などの働きかけが、漢字に対する関心を高めて行きます。
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4 その他
◎裏面イラストについて
漢字カードを使っての漢字習得の過程を見ていると、多くのお子さんが、表面の漢字と裏面のイラストを視覚的に結びつけて暗記していることに気がつきます。読み仮名の部分がある程度読める子どもでも、イラストを想起しての呼称をしていると思われることが多くありました。その点で、イラストに関しては、漢字の意味するもののイメージとして、もっとも一般的であり、かつシンプルな構成となるように留意しましたが、カードだけの学習では十分に抽象化がなされていない可能性は大きいと思います。カードで覚えた後は、上記したような生活と密着した学習がやはり欠かせないと思います
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5 おわりに
ごく大まかに漢字学習の目的と意義、またその訓練の進め方などについてまとめてみました。これ以外にも様々な用途で、言語訓練に活用していただければと思います。漢字の学習は多くのお子さんにとって、比較的取り組みやすく楽しいものであるようです。暗記学習であり複雑なルールが必要ないことや、高い注意の維持や集中を必要としないことがその理由かもしれません。子どもにとって友人である、この漢字という媒体を通して、より広く学習を展開していければと考えています。
またご意見・ご質問などがございましたら、メールなどでいつでもお問い合わせください。よろしくお願い申し上げます。
2002年3月 言語・学習指導室 葛西ことばのテーブル 代表 三好純太
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