1 はじめに
「構文訓練絵カード」を用いて、ご家庭で、文の理解・表出訓練を始められる場合の、一般的な訓練の進め方・考え方などについて、ご説明したいと思います。
(もし、お子さんやご家族の方が専門の治療機関で言語訓練を受けられている場合は、担当のセラピストの方に、プログラムを立てていただくのが、もっとも良いと思われます。) 無理がなく、効果的に訓練を進めていくために、以下の記述をご参考としていただければ、幸いです。
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2 訓練の流れ
理解・表出ともに、まず始めに現状としてどのくらいの段階(能力)かを判断することが必要です。たとえば、2語連鎖の文がまだ理解できていないお子さんに、3語連鎖や4語連鎖の構文をいきなり聴かせても、理解することはできません。段階を飛び越さずに、訓練を進める必要があります。
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3 評価・訓練を行うの際の基本事項
動作主の選定
3語連鎖以上の動詞文に関しては、4人の動作主の中から2人を選んでください。(※動作主が4人いるのは、各ご家庭によって、もっともお子さんが理解しやすい人物を選定していただきたいからです。また、 4人全員を揃えて、行うことももちろん可能ですが、その場合組み合わせのカード数(すなわち選択肢)が増えて、注意の面で難しい課題となります。)
動作主の呼び方
お子さんにとってわかりやすいものにしてください。(例:お父さん/パパ など:「父」のカードに対して。○○ちゃん/おにいちゃん/男の子 など:「男の子」のカードに対して)
動詞について
もし、「走る」「泣く」などの動詞が理解されていない場合は、「パパ ヨーイドン」「お母さん エーンエーン」などのように、幼児語(さらに易しくするにはジェスチャー)を用いても構いません。ただし、幼児語で置き換えられる動詞は限られているので、一定水準以上の構文は、成人語での理解が前提となります。
事物名について
もし幼児語の方が理解しやすい場合は(例:くつ→クック)、適宜置き換えてください。
構文の難易度
○絵カードは、種別リストNo.1から、ほぼ難易度順(易しいものから難しいものへ)に並べられています。
以下、三つの点から、構文の難易度に関してご説明します。
@文の長さ:2語連鎖→3語連鎖→4語連鎖 |
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文が長くなる、すなわち文中の内容語(単語)が、多くなるにつれ、聞き取り・理解は難しくなります。また当然、カードの選択肢も増えてくるので、注意配分の面でも難しくなってきます。 |
A文法構造:非可逆文→可逆文 |
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非可逆文とは、語の意味で理解可能な文をさします。例えば「お母さんがリンゴを食べる」という文は、「が」「を」の助詞がなくても、また語順が「りんご お母さん 食べる」のように転置していても、それぞれの単語の意味さえ把握できていれば、理解可能です。対して可逆文とは、助詞の役割もしくは語順の理解がないと、意味が把握できない文です。例えば「お父さんが女の子を押す」という文は、単語の理解だけでは、どちらがどちらを押している状況なのか判断できません。助詞「が」のついている人のほうが主語(動作主)で、「を」のついている人のほうが対象(動作の受け手)となる、という助詞の役割理解(もしくは語順の理解)があって初めて、この文の理解が可能になります。可逆文は、上記のような3語連鎖であっても、文法構造的に、難しい段階にあるものなので、非可逆文の理解が十分になされてから、少しずつ進めて行く必要が
あります。 |
B語彙:理解可能な語彙で構成されている構文を訓練する |
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構文の中に含まれている言葉(人称・事物名・動詞・形容詞など)が、単語として理解されていなければ、文全体の意味を理解することはできません。以下に述べる、形容詞などについては、
まず単語レベルからの学習を始めなければならないことが、多くあります。
形容詞句について。「大小+色名+事物名」の3語連鎖の形式ですが、形容詞のどちらか一要素と
事物名を組み合わせると(例:大きい/小さい コップ/傘)、2語連鎖の構文として使うことができます。形容詞句に関しては、まず前提として大小・色という抽象概念(語)が理解されていなければなりません。動詞文の理解が3語連鎖で可能でも、これらの抽象概念はまだ獲得されていない、ということは多いので、お子さんの言語能力の状況とあわせて、訓練導入の時期を決めて行く必要があります。
それから所有表現の名詞句についてですが、「○○ちゃんの クック どれ?」などのような形で、構文発達の初期から表出されることの多い、幼児にとって親近度の高い表現です。分類の関係上、リストの最後尾になっていますが、動詞文の2語連鎖と平行して、訓練を進めてゆくことができます。
さいごに存在文について、すこしご説明します。リストの最初にある、「〜がいる・いない」と
「〜がある・ない」の構文です。存在文とは、人や動物や事物の存在を表す文のことです。「ワンワン いない」など、所有表現と同様に、親近度の高い表現として収録しました。評価・訓練の際は、「動物がいる」(もしくは「事物がある」)絵のカードと、「(なにも)いない」(もしくは(なにも)「ない」)カードの2枚を組み合わせて、お使いください。例:「犬がいる」「(なにも)いない:空のおうち」、「ボールがある」「(なにも)ない:空の箱」
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4 構文訓練絵カードを使った評価方法(聴理解を中心に)
※具体的には以下の絵カードを用いて、構文の理解能力の評価を行ってみてください。
※3語連鎖レベルまでの動作主は、お母さん、○○ちゃんを用いた場合を例としています。
2語連鎖レベル
@動作主+動詞型
お母さん・○○ちゃんが/ねる・走る 1/4選択
A対象+動詞型
(お母さんが)りんご・魚を/切る・洗う 1/4選択
B動作主+対象型
お母さん・○○ちゃんが/りんご・魚を/(切る) 1/4選択
C大小+事物型
大きい・小さい/コップ・傘 1/4選択
D色名+事物型 ※2色を選択
赤い・青い/コップ・傘 1/4選択 |
注:「お母さんがリンゴを切る」という文は、3語連鎖ですが、左のA、Bの場合、聞き分ける要素は2つなので、2語連鎖の聴理解を、試していることになります。 |
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3語連鎖レベル
@動作主+対象+動詞型
お母さん・○○ちゃんが/りんご・魚を/切る・洗う 1/8選択
A大小+色名+事物型
大きい・小さい/赤い・青い/コップ・傘 1/8選択
可逆文の理解
@動作主+対象(人物)+動詞型
お父さんが女の子を叩く/女の子がお父さんを叩く
お母さんが男の子を叩く/男の子がお母さんを叩く 1/4選択
●表出能力に関しては、上記の各構文カードに対する自発表現から判断してください。
例:「母が魚を切る」カードに対して→「ママ キッテル」(2語連鎖での表現)
「ママ オサカナ キッテル」(3語連鎖での表現)
「ママガ オサカナヲ キッテル」(助詞の使用+)
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5 評価から訓練へ
【聴理解の場合】
上記の評価方法を使って、お子さんの構文理解能力を、「2語連鎖レベル」「3語連鎖レベル」「4語連鎖レベル」「可逆文レベル」などに、大まかに判定します。訓練は、現状の段階、もしくはそのひとつ上の段階の内容を、行うことが基本になります。例えば、だいたい「2語連鎖レベル」ぐらいの理解能力がある場合は、同じ「2語連鎖レベル」もしくは、ひとつ上の「3語連鎖レベル」の構文を訓練して行くことになります。課題の難易度は、「文の長さ」や「文法構造」だけでなく、選択肢の数によっても、変化します。より注意配分を重視した訓練を行う場合は、4人の動作主をすべて入れて、選択カード数を増やして絵カード取りを、させることも可能です。
【表出の場合】
構文の表出能力も、お子さんによってさまざまです。理解能力とほぼ対応している場合もあれば、理解能力が3語連鎖レベル以上なのに、文での表現が、まだほとんどできない、という場合もあります。理解の訓練と同様に、お子さんの表出能力をまず確認することが必要です。訓練は、基本的に、「絵カードをみてその状況を表現させる」という形をとります。2語連鎖、3語連鎖程度の段階の場合は、助詞使用の有無・正誤などにはあまりとらわれず、動作主・対象(目的語)・動詞という構文の基礎構造を、把握させて行くことが大切です。
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6 おわりに
ごく大まかに簡易評価から訓練までの流れを記載しました。しかし、これは、このように使わなければならない、というマニュアルではありません。お子さんが楽しんで取り組めるような無理のない進め方(訓練)であれば、どのような形で用いていただいても、良いと思います。様々な用途で、言語訓練に活用していただければ幸いです。
またご意見・ご質問などがございましたら、メールなどでいつでもお問い合わせください。よろしくお願い申し上げます。
2002年3月 言語・学習指導室 葛西ことばのテーブル
代表 三好純太
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